「上村松園展」

f0119179_1111292.jpg京都国立近代美術館で12日まで行われていた「上村松園展」に最終日に漸く行きました。明治20~30年代の作品は構図やポーズは浮世絵など伝統的な技法で描きながらも顔の表情は写生に基づく現実的な表現がされてると説明されていました。近代西洋画の影響もあるんでしょうね。「草紙洗小町」や「待月」も良かったけれど、モモ母が印象的だったのが「人形つかい」。屏風の右半分に人物を描いているけれど、肝心の人形つかいの姿はなし。襖の向こうにいることが、描かれた女性や子供達が注ぐ視線から推察されるという表現法と言い、構図と言い、100年前に描かれたとは思えないほど斬新でした。
作品としての普遍性は時代を経ても変わらないけれど、見る側は風貌も価値観も随分変わりました。裸婦像を見た女性の「どんだけスタイルの悪いモデルを使うねん」という声が聞こえ、確かに下半身のたるみがデフォルメされているものの、若い子の目にはそんな風にうつるのかと思いました。平成の日本には細くて背が高い女性が増え、着物向きの体型ではなくなりました。絵からは祖母がいた頃の京都の暮らしを思わせる空気を感じましたが、その頃を知らない世代の受け止め方はまた違うものなんでしょうね。とは言え、若いお母さんが子供に「ほら、おじいちゃんの絵に似てるやろ」と説明したり、「小さい時はおばあちゃんと一緒に着物の綿入れさせられたわ」と話す年配女性、「この頃は皆モンペで、京都でこんな格好(美しい着物姿)してた人はほとんどおらんかったやろけどなぁ」という中年男性など、暮らしと密着した感想も聞こえました。東京で「上村松園展」を御覧になったyumenosukeさんが「京都で観たかった」とブログに書いておられましたが、“京都で観る”良さが、ほんの少しわかった気がしました。
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by mmcmp | 2010-12-15 02:00 | 観劇・鑑賞 | Comments(1)
Commented at 2010-12-15 12:16 x
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