それでも花は咲く

f0119179_22424282.jpg京都の桜はすっかり見頃を過ぎましたが、それでも半木の道を散策する人は普段より多め。日本人は桜に特別な思いを抱くようです。今月初めに見たドキュメンタリー映画「100万回生きたねこ」で、絵本を読んだ女性たちの語りの中に、子供を産んだ時に生だけでなく死が見えたと言うのがありました。新たな命を産んだことで、自分の人生が前に進んでいることを自覚する。映画を見て日が経つので、ちょっとニュアンスが変わってるかも知れませんが、何かを失ったり衰えたりしながら終焉に向かう、そういうことも嫌じゃなくなったと言っていたのが印象的でした。
モモ母は出産経験がないので何とも言えませんが、前に進んだことを痛感する日々です。そして、人は前に進んでいることを確認するために桜を見るのかもと、ふと思う。卒業、入学といった門出を祝うように咲いていた桜、同僚と盛り上がった宴会の桜、年老いた肉親としみじみみつめる桜。そういえば「いのちがいちばん輝く日」でも終末期の女性が桜を眺めるシーンf0119179_23464650.jpgがありました。昨年モモと一緒に見た同じ桜を今年はむぎこと眺め、モモと歩いた河原には新たな歩道が整備されて「マザーウォーター」が撮影された頃の風景は少しずつ過去のものになっています。一年前に自立していた父はすっかり要介護老人になりました。それでも昨年と同じように桜は咲く。でも、桜も少しずつ前に進んでいるけれど、老木もまた人を魅了します。東北の桜はこれからが見頃とか。モモ母とは比べものにならないほど大きく変わった環境と、なかなか進まぬ復興の中で、それでも咲く花は、人々に何を語りかけるでしょうか?
[PR]
by mmcmp | 2013-04-12 23:52 | 雑感 | Comments(0)
<< ハエこわい・・・ 行きました☆ >>