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「むかしのはなし」

f0119179_148201.jpg20日のNスペ「戦後ゼロ年 東京ブラックホール」も面白かった。終戦からの1年間、戦後ゼロ年の東京を写した貴重な映像に山田孝之が入り込むドラマ仕立てのドキュメンタリー。今のデジタル技術ってこんな演出が出来るんですね。なんか浅田次郎の「地下鉄に乗って」を思い出すと思ったけど、菅野さんは「種本は『敗北を抱きしめて』だな」とツイート。なるほど、初めて知りました。読んでみようかな。(ちなみに「踊る宗教」北村サヨに関連して菅野さんがこんなツイートも。サヨさんは安倍さんも敬ってるそうです。)
そう言えば、カフェ読書の記事を長く書いてないので、日曜に読了した三浦しをんの「むかしのはなし」のレビューを。「かぐや姫」や「桃太郎」などの日本昔話の概略を冒頭に記した7つの物語。父親の一族の男達はみな短命だという「ラブレス」や叔父との恋を語る16歳の少女の告白「ディスタンス」など、それぞれが独立した作品だと思ったら、「入江は緑」で3ケ月後に隕石が地球にぶつかることが発表され、その後の作品で描かれるのは地球に残った人だったり、ロケットで脱出した人だったり、あ、連作か・・と漸く気づく。日記や取り調べ調書等、形式もバラバラ。でも、「ロケットの思い出」で犬のロケットが川から流れてきたエピソードがあると思ったら、「たどりつくまで」のタクシードライバーが子供の頃、子犬をダンボールに入れて川に流した経験があったり。表現や組立に作家の貪欲な姿勢が見えて、さすがと思わせる小説集に仕上がってました。特に好きだったのが空き巣犯が語る「ロケットの思い出」とモモちゃんを裏切って脱出ロケットに乗った「僕」が語る「懐かしき川べりの町の物語せよ」。最終話「懐かしき・・」の「途方もない孤独感と、だけどかすかに存在するひりつくような連帯感」は犬のロケットの命日には晩飯を食べないという「俺」や他の作品にも共通していて、それ故に、どの昔の話も未来を生きる者の心に残る様です。
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by mmcmp | 2017-08-21 03:29 | カフェ読書 | Comments(0)

「雪のひとひら」

f0119179_0273615.jpg昨日のクイズに興味を持って下さった方もありますが、火曜は菅野さんも課題を出してました。こういうのにすぐにリツイートが来るのがすごいよね。維新の会が森友学園建設会社から献金を受け取っていたという府議の指摘もあったそうです。
さて、書くタイミングを逃してるうちに3月も下旬になりましたが、ポールギャリコの「雪のひとひら」を先月読みました。「スノーグース」や「ジェニイ」を買った頃に購入したものの、未読のままだった為、今年こそ雪の季節にと思ったのでした。ある寒い日に生まれた雪のひとひらが地上に舞い降り、山の中腹の村里で雪だるまの一部になったり、雨のしずくと結婚して子供が生まれ、火事を消化する水となって火に立ち向かい、夫が亡くなり、子供たちが独立して行き、ひとり海に流れ出て、やがて天に帰る。女の一生を比喩的に描いた名作と評価されているギャリコの代表作です。日本でもファンが多い様ですが、1953年に出版されて半世紀以上経つせいか、この手の寓話があまり好みではないせいか、ちょっと複雑な気持ちで読みました。子育てを終えた女性が、ふと人生の意味を考える頃に読むと、平凡でも懸命に生きて来た我が身を「それで良いんだよ」と肯定されている様で、感動するんだろうな。作者が男性であることも、男性がそうした女性の生き方を素晴らしいと言ってくれてる様で、じーんとなるんでしょう。50年代アメリカのキリスト教国家らしい作品だと思います。多宗教、独身の女性が増えた今のアメリカでは、どのくらい評価されているんでしょう? 今の日本に生きるモモ母には、美しい言葉で綴ったこの作品が、こんな風に生きろという教訓めいて見えてしまいます。14日のシンポジウムで菅野さんは森友問題は女性差別問題だと言ってます。これ、とても興味深い。(こちらも面白いのでリンクしときます)。なるほどなぁ~自分の考えが何に由来するのか、何に影響されて、そう考えるに至ったのか、一度振り返ってみると良いかも知れません。
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by mmcmp | 2017-03-22 02:14 | カフェ読書 | Comments(0)

「世界地図の下書き」

f0119179_1144946.jpgこの前新年を迎えたと思ったら、もう立春。節分には例年通り壬生寺に行きました。帰りに近くのスーパーで豆を買おうとしたら250円。買わずに一旦帰宅してから別の店に行って、88円で買いました。美味しい粕汁の為なら600円の酒粕を何度もリピするけど、豆まきの豆に250円は高くて出せないモモ母です。
さて、朝井リョウの「世界地図の下書き」を読みました。両親を事故で亡くし、施設で暮らし始めた太輔と同じ班の仲間たちの交流と、それぞれが抱える悩みを描いています。高校生の佐緒里が施設を出る前に子供達はある計画を立てる。子供の日常世界で起きることだから、ものすごい出来事が起きる訳ではなく、やや退屈なところもあるのだけど、時折、琴線に触れる描写が挿入されてたりもします。自分が何かしたところで、何も変わらないことを知ってしまった太輔。もう父や母にはどうしたって会えないし、同級生からいじめられている麻利は、好きな靴を入手した時と同じ気持ちではもう履けない。佐緒里は本当は東京の大学に行きたいのに、受験を諦めて親戚の家業を手伝わないといけない。世の中には約束を守っても変わらない人がいて、いじめる奴はいじめ続ける。計画が成功したところで現実は変わらないけど、それでも計画を成功させることで、これから待ち受けるであろう困難に立ち向かう強さを身につけた子供達。朝井リュウは体罰を受けた高校生が自殺したニュースを聞いて、この作品を書こうと思ったとか。佐緒里は憧れているアイドルが主演するドラマの「あたしたちはあたしたちみたいな誰かと、また出会えるんだよね」という場面を何度も繰り返して見ます。人生嫌なこと、諦めざるを得ないことも多いけど、信頼できる仲間とも出会っていける。子供達にそんなエールを送ろうとする若い作者の思いが伝わる作品でした。
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by mmcmp | 2017-02-06 03:28 | カフェ読書 | Comments(2)

「恋歌」

f0119179_14365989.jpg平成の治安維持法とも言うべき共謀罪の成立なしに五輪は開けないと安倍さん。五輪開催中は基本的人権を制限する話もある様で、松井計さんの言ってることの方が正しいと思います。
さて、朝井まかての「恋歌」を読みました。最初は上級国民のお嬢さんの思い出話という感じだったのが、途中から盛り上がりが凄くて、どんどん引き込まれました。「樋口一葉の師匠」として知られる歌人・中島歌子は水戸藩士に嫁ぎ、幕末の内乱に翻弄されて投獄。天狗党の志士である夫や愛情深い爺やを志半ばで失った壮絶な過去を綴った手記を、弟子の三宅花圃が読む形で物語は進行します。勝てば官軍とはよく言ったもので、良き国を作ろうと願いながら逆賊にされた天狗党は妻や子供まで投獄。「貧しさと抑圧が怖いのは、人の気ぃを狭うすることやな」と貞芳院が言う様に、男が始めた戦の為に愛する者と離れ離れになり、獄中で次第に礼節をなくす民の中で、処刑直前まで論語等を学ぶ武家の妻子。教育の大切さを感じさせる場面でした。情勢が変わると、天狗党を弾圧した諸生党が今度は虐げられる側に。攘夷だったはずの薩長が維新後の文明開化を積極的に謳歌し、多くの犠牲を忘れたかの様な平和に複雑な思いの歌子。手記を花圃が読む形式はまどろっこしくてイマイチと思ってましたが、大矢博子の解説によると、この作品は「伝えること」もテーマのひとつだとか。志に生きた男には敵にも味方にも妻や子供がいて、内乱の中を生き抜き、再生して行った。幕末の悲劇を知らず、ちゃらちゃらした明治生まれのヒヨっ子たちに、名も残せず死んで行った男たちや喪失を抱えて生き続けた女たちの犠牲の上に今が成り立っていることを歌子は伝えようとし、伝えることの積み重ねで歴史は出来ているのだと。なるほど、治安維持法を復活させようとする動きがある今、平成のひよっこである私達も、歴史を学び、受け継ぐ必要性を改めて感じます。
※何故か松井さんのツイッターへのリンクが何度やっても出来ない様です。クリックして飛ばない様でしたら面倒をおかけしますがFC2を経由して下さい。よろしくお願いします。
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by mmcmp | 2017-01-11 15:38 | カフェ読書 | Comments(0)

「雪と珊瑚と」

f0119179_22421195.jpg梨木香歩の「雪と珊瑚と」を読みました。梨木作品は「家守綺譚」は大好きだったけれど「裏庭」などはイマイチ。これはどうかな~と読む前は思いましたが、なかなか好きな作品でした。赤ん坊の雪を抱えた21歳のシングルマザー珊瑚が、「一日働いて帰って来る人が元気を取り戻す様な総菜を提供したい」と総菜カフェを起業し、成長していく物語。女性が店を始める話として「食堂かたつむり」を思い出しましたが、こちらの方が断然完成度が高い。カフェ開業を夢見る人には良き指南書に、立ち止まっている人や人間関係に躓いている人には前に踏み出す力になりそうな小説です。
現実はそんなに都合よく赤ちゃんを預かってくれる女性が現れたり、その人が料理上手だったり、その甥が無農薬野菜を作ってたり、借りることになった民家を好きに改装していいよと大家が言ったりしないでしょうし、カフェをやろうと思い立って実現し、駅ビル出店の話が持ち上がるまであまりに早すぎるとは思うけど、梨木作品はある種の寓話。自分は孤軍奮闘してるつもりでいたけど、親身になってくれる人が周囲にたくさんいたことに気づく珊瑚。そして周囲の人も皆それぞれの破綻を抱えながら、辛うじて社会は回っているのだと知る。「人は潜在的に復興しようと立ち上がる力があるけれど、それを確実なものにしていくのは温かい飲み物や食べ物」と外国の修道院で暮らしたことがあるくららさんは言います。丁寧に作られた滋味な料理は生きる糧となり、居心地の良い場所は人の心を癒す。そのことはモモ母も身を持って実感する日々です。解決しないことがあっても、毎日の生活は前に進む。いろんなものを栄養にして、人は生きていくんですね。
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by mmcmp | 2016-12-06 23:48 | カフェ読書 | Comments(0)

「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」

f0119179_228956.jpg昨日リンクした堤&古田の殺陣シーンからのオススメにあった「野獣郎見参」の動画、久々に見入ってしまいました。やっぱりいいなぁ~。堤真一の殺陣、また生で観たいです。
それはさておき、七月隆文の「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」を読みました。しちがつ?ふみづき?(正解はななつき)・・なんて具合に全然知らない作家さんで、元テレビディレクターOさんから頂かなかったら読むことがなかっただろう小説。ましてもうすぐ映画公開されるとは全く知らずに読み始めました。京都の木野にある美大のマンガ科に通う高寿が京阪の中で出会った愛美に一目惚れ。でも、愛美には秘密があって・・・。三条京阪で待ち合わせて新京極のシネコンで映画を観て三条大橋のスタバでお茶、動物園でペンクロッキーをしたり、宝ヶ池で記念写真を撮ったり、お決まりの鴨川で等間隔に座ったり・・と身近な場所で話が展開するので、20歳に戻って初々しくデートしてる気分で、どんどん読み進めました。これ、60代のOさんはどんな感覚で読まれたのか、気になるところです。とは言え、ライトノベル作家が「一般文芸に進出した作品」と言われてる様だけど、ラノベの域を出てない感じ。号泣したとか何度も泣いたと絶賛する声が多いんですが、秘密はかなり早い段階で察しがつくし、単に設定に泣かされてるだけなんですよね。ああイマドキの若い子達って、本格的な文芸小説を読んだことないんだな、と思う。とは言うものの、文字だけで号泣出来るってすごいことですよね。モモ母も読書量が多い方じゃないけど、時代を映し出す小説や人間の根源的なテーマに迫る様な深い作品、魂が震える様な作品がもっとたくさんある。これで泣いた人は、その体験を機にもっともっと小説を読んで欲しいなと思います。ちなみに読了したのは四条大橋のドトール。4階は別世界というので初めて上がってみました。四条通りを見下ろす窓側に一人席があって読書に最適です。小説的には三条大橋のスタバで読むべきなんでしょうけど、4階まで階段で上がる人が少ないから、穴場でオススメですよ。
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by mmcmp | 2016-11-07 23:13 | カフェ読書 | Comments(0)

「少将滋幹の母」

f0119179_22545376.jpgバーナードリーチ展を観に滋賀県立近代美術館に行った時、常設展に小倉遊亀の「少将滋幹の母」がありました。谷崎潤一郎の小説の挿絵を小倉遊亀が描いてたんですね、なんと豪華な、・・と思って小説を読むことにしました。
大学以来の再読ですが、これが見事に忘れてました。少将滋幹・・と言いながら、滋幹ってこんなに出てこなかったっけ?というくらい前半は平中や時平の話がメイン。好色漢の平中が侍従の君に恋文を出しても出しても返事が来ないので、「見たという二文字だけの御返事でもお寄こしになって下さい」と書くと「見た」という二字を破いて入れた返事が来た話、そんなにつれない侍従の君の汚物を見れば、彼女を嫌いになるだろうとお虎子を盗んで蓋を開けると丁子の良い匂いがしたという話、時平が正月の宴席の土産にと国経の若く美しい妻を大勢の目の前で奪って行った話などの古典の有名エピソードは恩師M先生から聞いて知ったと思っていたけど、この作品に書かれていたのでした。近年読んだ「痴人の愛」や「犯罪小説集」等の大衆的な作品と違って、こちらは見事な純文学で、谷崎の守備範囲の広さを再認識しますが、それでも美しい妻を年老いた自分だけのものにするのは忍びないという心理や幼い頃の母の面影を崇拝する滋幹の心情などは、やっぱり谷崎作品に共通するもの。ラストの滋幹と母の再会場面は本当にドラマチックで、映画を見る様に情景が浮かんで来ました。この作品は東京・大阪の両毎日新聞に連載されたそうで、当時の新聞って格調高かったんですね。しかも一般的な新聞小説と違って、全編完成されてから発表されたとか。文豪のこだわりを感じます。ちなみにこの作品を読み終えたのは三条の文椿ビルの「星雲」というクラシック音楽を流すカフェ。小説のクライマックスをBGMの如く盛り上げてくれたのが、劇的なショパンの調べでした。
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by mmcmp | 2016-10-20 23:55 | カフェ読書 | Comments(0)

「エンプティスター」

f0119179_23201146.jpg大崎善生の「エンプティスター」を読みました。西荻窪在住、雑誌編集者、北海道出身、熱帯魚と大崎作品に繰り返されるキーワードが今回も・・と思っていたら、飼い犬がチワワのクーとモモって名前まで一緒なの?? それもそのはず、代表作「パイロットフィッシュ」、「アジアンタムブルー」に続く三部作の完結編でした。
吉祥寺の東急百貨店、傘の自由化なども相変わらず登場します。「パイロットフィッシュ」に登場するナベさんは「由希子と結婚しろ、そして犬みたいにたくさん子供を産め」と山崎に言った翌日、初めての海外旅行でニューヨークへ行き、帰りの大韓航空機が撃墜されて帰らぬ人に。その娘と思われる風俗嬢の可奈を救う為に韓国に渡るのが本作。陳腐な設定や繊細すぎる山崎にイラっとすることもあるし、終盤はハードボイルド小説みたいな展開でビックリもするけど、それでもやっぱり、この大崎作品が愛おしくて好き。その理由が改めてわかりました。止まらない時間と変わっていく人と人との関係性。後戻り出来ない時間を生きるという根源的な孤独に幼い頃から敏感だった自分と同じ思いを美しい言葉で表現してくれる作家が、大崎善生なのでした。キース・ジャレットの「リトゥーリア」やポリスの「エブリブレスユーテイク」などの曲を入れ込んでるのもモモ母世代には切なさが募るし、東の空が明るくなりつつある頃の描写は、夜更かしして空が白む頃に下北沢のマンションの3階から見た新宿の高層ビル群を思い出させて胸キュンになりました。夜でもない朝でもない不思議な時間に広がる東京の空には、独特の透明感がありました。ご都合主義的な出来栄えにガッカリすることも多かった近年の大崎作品だけど、この三部作は間違いなく読み返すと思う。年を取ってから読んだら、きっと切なくて泣いてしまうだろうな・・・。
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by mmcmp | 2016-09-10 00:35 | カフェ読書 | Comments(0)

「竹光始末」

f0119179_23383424.jpg藤沢周平の「竹光始末」を読みました。藤沢作品の主人公は多種多様ですが、この短編集6作に登場するのは「たそがれ清兵衛」にも通じる、うらぶれたり、ちょっと冴えない市井の男たち。・・・と思ったら、映画「たそがれ清兵衛」は「竹光始末」も原作にしてる様です。表題の「竹光始末」の主人公・小黒丹十郎はかなり困窮していることが一見してわかる風貌。妻子を養うために刀を売って、竹光を指しているという有り様。「恐妻の剣」は口やかましい女房や子供から全く尊敬されてない。でも、2人共、腕が立つ。実力はあっても、それに見合う評価が得られるとは限らないのが世の常ということでしょうか。
最後の「遠方より来る」は甚平の家に曾我平九郎という髭面の大男が突然訪ねてくる話。最初はやってきた男が誰だか分からず、漸く思い出したものの、大した間柄でもないのに、居座り続けて飯を何杯もおかわり。女房は早く出て行ってもらえと睨むけど、そういう訳にもいかず、平九郎の為に仕事探し。自由に生きるということは、それ故にリスクも伴うし、時には孤独になることもある。下っ端でもお役所勤めをしていけば、気苦労は多いけれど生活は安定しているし、手柄をたてれば出世もさせてもらえる。けれどただ働いて妻子を養い、年を取って一生を終えるだけの人生に、なんだかなぁ・・という気持ちにもなる。ひと騒動の後で平九郎が出て行くと、甚平はほっとしつつ、のんきな彼が羨ましくなる。甚平は昇進してから胃の腑を壊しているというオチもついて、どっちの人生も大変そうです。それは舞台となった江戸時代も、作品が描かれた昭和も、現在の平成も変わらない、日本の小市民の現実ですね。
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by mmcmp | 2016-08-19 00:43 | カフェ読書 | Comments(0)

「真夏の方程式」

f0119179_1124097.jpg内閣改造で「国民の生活が大事なんて政治は間違っていると思います」「国民の一人ひとりが、血を流す覚悟をしなければならないのです!」と講演会で言った稲田さんが防衛大臣に。自衛隊の駆けつけ警護も可能になったし、こりゃ彼女の在職中に一線をこえそうな予感。しかもマスコミ情報操作で有名な世耕さんが経済産業相になるとは・・・。
さて、白石一文の某小説がどうにも好みに合わなくて読むのに時間がかかり、レビューを書かないまま日本会議関連の本を何冊か読んだりしてる間に前回のカフェ読書記事から5ケ月も経ってしまいました。東野圭吾の「真夏の方程式」を読みました。ガリレオシリーズの第6作。元テレビディレクターOさんから頂いた文庫本には映画の帯が付いてましたが、モモ母は観てないので、純粋に小説として楽しみました。海辺の町、玻璃ヶ浦では海底鉱物資源の開発が計画される中、町を訪れた物理学者湯川の宿泊先「緑岩荘」で元刑事の塚原が変死。所轄、県警、警視庁がそれぞれ捜査に乗り出し、塚原がかつて担当した事件の犯人仙波は緑岩荘を経営する一家と接点があるらしい・・・でも、知るのは警視庁の人間だけで、県警は事故として処理。謎解きはちょっとご都合主義的な感じもしたけど、東野作品は「新参者」と同様にヒューマニズムというか、市井に生きる人々への温かさが感じられるのが良いんですよね。寂れた町の再開発と環境保護をどう両立させるのか。わざわざ高いお金を払って沖縄まで行かなくても、近くにこんな美しい海があるのにとは言うけれど、人は旅先で寂れた町の様子を見せられると、何とも気持ちが沈んでしまう。旅行で気分をリフレッシュしたいから、閑散とした所は避けて、活気のある所に行こうとするんですよね。こうした町が日本のあちこちにあるんだろうなと思う。殺人事件については真実を暴くことが必ずしも良いとは限らないけど、警察のさじ加減次第で事件の真相が伏せられるって、考えたら怖い話だなとも思うのでした。
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by mmcmp | 2016-08-04 02:19 | カフェ読書 | Comments(0)