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京都労演「田茂神家の一族」

f0119179_0422295.jpg京都労演2月例会東京ヴォードヴィルショー公演「田茂神家の一族」を観ました。劇団創立40周年記念興行第五弾として2015年新宿で上演された時のポスターから客演の伊東四朗が石倉三郎に替わっただけと思ってたけど、人数も8人から6人になってました。初演は佐藤B作の故郷・福島。芝居の舞台は東北の杁(えぶり)村公民館。「えぶり」はevery、バカバカしくデフォルメされてはいるけれど、これはどこにでもありうる話ということ。歌で情勢を伝えるコロスが4人から6人に増え、導入も町長選挙の合同演説会の準備から始まる等、マイナーチェンジしていて、二度目の観劇ならではの面白さがありました。
三谷幸喜が劇団の為に書き下ろしただけあって、次男の健二が佐渡稔、三男の三太がB作、町長の弟常吉が石井愃一と登場人物がいかにも役者にアテ書きされたキャラ。その中で前町長の嘉右衛門は演者によってガラリと雰囲気が変わっていました。更に選挙コンサルタントの井口は前回山口良一が演じてたのを忘れていたほど、まいど豊がハマってました。会報によると三谷が第一稿をB作に見せると「人間が描けてない」と厳しいダメだしをされ、B作の顔を思い浮かべて書き直したら「とても良くなった」と褒められたそう。一見良さそうに見える候補が話す、何かよくわからないけど耳障りの良い政策に要注意。初演時に今の世相にぴったりだと思ってから2年経った今も、やっぱり同じことを思う。そういえば「その場しのぎの男たち」も92年の初演から何度も上演されたけど、その度に今の世相を表してる様だと言われるとか。三谷&ヴォードヴィルの社会性のあるコメディには普遍的な魅力があるということでしょうか。奈良、兵庫、大阪、和歌山、滋賀とまわった後は、石川や新潟でも上演される様です。
http://www.vaudeville-show.com/
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by mmcmp | 2017-02-12 01:40 | 観劇・鑑賞 | Comments(0)

「横濱短篇ホテル」

f0119179_2343971.jpg京都労演9月例会として21日と22日に呉竹文化センターで上演の青年座公演「横濱短篇ホテル」を観ました。マキノノゾミが青年座に書き下ろした横浜の老舗ホテル(ホテルニューグランドがモデルだとか)を舞台にした7つの短編からなる作品。第一話「ヤクザに追われて」の1970年から5年ごとに7つの物語が展開。三島由紀夫の割腹自殺やポケベルでの呼び出し、バブル景気等の世相を織り交ぜながら、各話が独立しつつ、第一幕で女子高生だった奥山ハルコと同級生柳井フミヨの30年以上に渡る人生の変遷でもあるという構成。伝統あるホテルの持つ雰囲気を活かした洒落た大人の寓話で、楽しめました。
マキノノゾミもすっかり大御所ですね。同志社を卒業後に劇団M.O.P.を旗揚げしたマキノノゾミですが、学生時代に野田秀樹やつかこうへいなどを観ていたモモ母は、何か劇画チックでイマイチ文学性に欠けるよね、と若い頃は思っていて、京都では鈴江俊郎をひいきにしていたのでした。岸田戯曲賞を受賞した鈴江作品が演劇の芥川賞なら、マキノ作品は直木賞といったところでしょうか、エピソードにチャップリンの「街の灯」を入れ込んだり、年を重ねて味わいのある作品を書く作家さんになられたんだなと、作家の人生の変遷も感じました。会報によると、演出の宮田慶子とマキノノゾミの出会いは京都だそうで、89年に下鴨の「アートスペース無門館」(現アトリエ劇研)の故遠藤寿美子さんの誘いで京都の若手女優が「トップガールズ」を上演する際にM.O.P.のキムラ緑子と林英世が出るので、マキノ氏が挨拶に来たのだとか。ああ、観なかったけど、トップガールズって、あったなぁ。黒手組の伊藤由香利とかも出てた様な・・・。無門館の遠藤さんにはラジオ番組などで度々お世話になりました。懐かしい。劇中のハルコとフミヨ、劇作家の歳月と共に、自分の歳月も振り返った夜でした。
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by mmcmp | 2016-09-21 23:30 | 観劇・鑑賞 | Comments(0)

「百枚めの写真~一銭五厘たちの横丁」

f0119179_23161792.jpg10日、11日に呉竹文化センターで上演された京都労演7月例会トム・プロジェクトプロデュース「百枚めの写真~一銭五厘たちの横丁」を観ました。出征した軍人の留守家族を紹和18年に撮影した99枚の写真と30年後の昭和48年に出会ったルポライター児玉隆也が、家族たちを探して東京の下町を取材したエッセー「一銭五厘たちの横丁」を原作にした作品。一銭五厘は太平洋戦争時のハガキ代で、それは即ち召集令状が送られてくることに通じ、更にはハガキ一枚程の安い兵隊という意味でも使われたのだそうです。
根本家では若い男達に召集令状が届き、銃後の妹は勤労動員、そして空襲で亡くなり、やがて終戦。戦後になって健男の戦友が訪れ、彼の死を告げる。特にドラマチックな展開がある訳ではなく、戦時中、多くの家族が経験したエピソードが綴られます。戦死者の多くは戦いによる名誉の死ではなく、劣悪な環境での餓死や病死だったこと、好きな人との結婚を夢見た女性が空襲で突然若い命を奪われたこと。取り乱す母親と対照的に「国の為だ」と感情を隠す父親。そんな日が来るとは知らず、戦地にいる健男に送る為に一張羅の着物を着て笑顔で写真におさまる家族たち。幸せな日々が失われた後に残された家族写真ほど切ないものはないですね。舞台には昭和18年に実際に撮影された写真も写し出されていました。残された写真には「氏名不詳」と書かれていたそうです。でも、どの人にも苗字と親が思いをこめてつけた名前があって、戦争の中を生きたそれぞれの人生があったのに。東京大空襲と戦後の復興を経て、児玉さんは「氏名不詳」の99家族すべてを明らかにすることは出来なかったそうです。自民党改憲草案は「個人」を「人」と書き換えることで、それぞれの人生を生きる個人から、国民全体として扱おうとしている。その意味を「氏名不詳」とされた人たちから感じることが出来ます。舞台の児玉は「100枚目の家族を作ってはならない」と締めくくりますが、その台詞を聞いた数時間後、国民が選んだ議員は改憲勢力が3分の2を超え、安倍さんは早速「自民党案をベースに憲法改正を」とコメント。この芝居は、いつか100枚目の家族を作るであろう道を選んだ歴史的な日に観たという記憶に残る作品になりそうです。
http://www.tomproject.com/peformance/post-157.html
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by mmcmp | 2016-07-11 23:39 | 観劇・鑑賞 | Comments(0)

「アルカディア」

f0119179_22482576.jpg大阪・森ノ宮ピロティホールで8日まで上演されている「アルカディア」を観ました。トム・ストッパードの話題作を栗山民也が演出、堤真一、寺島しのぶらが出演とあって東京公演はチケット入手出来ず、何とか大阪公演を予約。「深呼吸する惑星」以来のピロティホールでの観劇となりました。
トム・ストッパードは学生時代に観たテアトルエコー公演「一発逆転」が無茶苦茶面白かったので同じ様なスラップスティックを期待してたら、何だか哲学的な話。詩人のバイロンやらファルマーの最終定理やら知的な話題がたくさんが出て来ます。そういえば「あのファルマーの最終定理がついに証明されたよ!!」と当時ラジオマスターのKさんが衝撃的な出来事として教えてくれて、え? ファルマー? 何それ? と理数オンチのモモ母はその時初めてその存在を知ったのでした。その世界的大ニュースの2ケ月前に「アルカディア」が初演されたのだそうです。19世紀英国貴族の屋敷で13歳のトマシナが家庭教師セプティマスに「肉欲的ってどういう意味?」と聞く場面から始まり、200年後の同じ部屋ではバイロン研究者たちの話が展開する二重構造。ライスブディングにジャムを入れて掻き回すと赤い尾を引くけれど、逆にかき混ぜても元に戻らず、どんどんピンクになっていくと言うトマシナ。白と赤の鮮やかな絵が頭に浮かんで、面白い例えをするなと思ったら、実はこれが重要な意味を持っていたんですね。やがて2つの時代がつながって登場人物が入り乱れるんですが、ワルツを踊る場面には美しさと共に緊張感がありました。人は互いに影響し合い、その連鎖はもう元には戻らない。混沌とする2016年の日本でこの芝居が演じられるのも、必然なのかも。
http://www.siscompany.com/arcadia/gai.htm
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by mmcmp | 2016-05-06 23:46 | 観劇・鑑賞 | Comments(0)

「俺たちは天使じゃない」

f0119179_2216199.jpgロームシアター京都サウスホールで28日、29日上演された無名塾公演「俺たちは天使じゃない」を観ました。京都労演4月例会として行われたもので、京都会館から生まれ変わったロームシアターを訪れるのも楽しみでした。ちなみにサウスホールは昔の京都会館第二ホールです。岡崎界隈は大勢の人で賑わっていて、連休気分も味わえました。
原作は1950年に書かれた「天使の台所」。52年にパリで初演され、日本では56年初演、74年にはいずみたく音楽でミュージカルになっているそう。今回は台詞のみのストレートプレイとして上演され、一番前の席で観ることが出来てラッキーでした。池辺晋一郎の音楽で幕があき、雑貨屋を経営する夫婦や三人の囚人が登場するんですが、演技が古典的で、なんか演劇を見始めた頃によく観たタイプの芝居だなという感じ。原作自体も古いけど、芝居のスタイルもクラシックな印象でした。とは言っても、マクベスみたいな重いものではなく、軽妙なコメディ。詐欺師ジョゼフ役の仲代達矢の飄々とした演技がとても受けてました。とぼけた様な声の調子で喋る台詞は、そのイメージとは裏腹にとてもよく通って聞きやすい。コミカルな動きも発声も、実はかなり計算されているのが分かります。他の囚人役2人も好演していて面白かった。ただ、雑貨店一家の窮地を救うのは別の方法でして欲しかった。客席からの笑いと拍手でエンディングというのにモモ母は少なからず違和感がありました。「天衣無縫のヒューマニズム」、「殺人行為さえ、ユーモアを交えて、まるで善行そのもの」と機関紙に解説されてたけど、殺人は善行じゃないでしょ、命が軽すぎるよ・・・と。三人の囚人の活躍で適役アンリと甥のポールを追い出しちゃえば抱腹絶倒、ああ楽しかった・・で終われるのになぁと、残念に思ったのでした。
http://www.mumeijuku.net/stage/index.html
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by mmcmp | 2016-04-29 23:18 | 観劇・鑑賞 | Comments(0)

「パパのデモクラシー」

f0119179_22241116.jpg京都労演の例会で5~8日に京都府立文化芸術会館で上演された東京ヴォードヴィルショーの「パパのデモクラシー」を観ました。敗戦直後のとある神社。元特高警察官の居候がいるだけでも食べるのに困っているのに、かつて国防婦人会のメンバーで戦後は民主主義活動家に転身した緑川が住まいを失った7人を更に預かってくれと言いに来る。新たな居候の中には東宝映画のスタッフもいて、やたら権利を主張する。長男はシベリア抑留中。嫁のふゆは次第に助監督に感化され、ストライキを始める始末。そこへ養子の千代太郎が復員。先日の学習会での話によると、作者の永井愛さんに「あなたはどの役を演るつもり?」と聞かれて、神主役をするつもりだとB作さんが言うと、「あなたは千代太郎を演りなさい。あなたが千代太郎を演るなら上演を許可します」と言われたとのこと。千代太郎は松竹新喜劇で藤山寛美が演った様な愚直で純粋な役。偽のおまわりさんと親しくなり、初めて友達が出来たと思ったのに、おまわりさんはいなくなり、「野心を持った為に不幸になったであります」と言う千代太郎に、嫁のふゆは「それでも野心を持ち続けなさい」と言って、家を出る。
価値観の激変で庶民は権利意識だけが強くなったりして、何か違う・・・と言う方向に。緑川の台詞に「民主主義は軍国主義より手強いものですわ。放っておけばすぐ消えてしまいますもの。一人一人がたゆまぬ心で育てねばなりませんのね」と言うのがありましたが、この台詞や芝居全体から受ける印象が二兎社が95年に初演した時と今では、かなり違うのではないかと思います。初演時はもっと距離を置いて観られたんじゃないでしょうか。喜劇的なシーンは勿論今も面白かったけど、未だ民主主義を使いこなせない現実を思うと、とても笑えない。寧ろ恐ろしいと思うのです。安保法制が可決した2015年の冬には緑川の台詞が虚しく聞こえました。
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by mmcmp | 2015-12-10 23:26 | 観劇・鑑賞 | Comments(0)

芝居が観たい!!

f0119179_2216164.jpgゼロデビの劇場公開が終了して、波も去ったかなと思ったら、11日のBD&DVD発売に合わせて「まんたんウェブ」が新たな浅沼晋太郎・田中亮一の新旧デビルマン対談を配信。永井豪が舞台挨拶で歴代の役者に引けを取らないと現キャストを評価してたから、以後も浅沼さんで定着すると良いですね。
さて、こうした情報はブックマーク登録しているツイッター検索で知るんですが、モモ母は子供の頃はアニメ大好きだったけど、今はアニメは滅多に見ない演劇ファン。欲しいのはお芝居の情報なワケです。「黄金魂」無料配信中の7月に発売された雑誌のインタビューで、亮一さんが「演技」でなく「芝居」、「俳優」でなく「役者」という言葉を使ってるのを読むと、この人はやっぱり役者さんなんだなと思う。でも舞台に出られる様子は当分なさそうです。ただ、過去の公演の様子を窺い知ることは出来ました。観たいと思っていた2012年に国立演芸場で上演された「文七元結」に出ていた古今亭志ん吉さんの稽古中のコメントはどんな風に変わったのか、気になります。講談や小劇場など様々な分野の人が集まった花之雲右團治一座、またやらないのかなぁ・・・。芸協公演では雑学王の唐沢俊一さんの「置き忘れた荷物」の感想が興味深い。ああ、モモ母も観たかったな。ところで、唐沢さんが亮一さんのことを「トムとジェリー」のブッチの声だ」と書いておられたけど、ブッチって初めて知りました。画像は出てきたチラシ「女子寮記」の裏面の「ふしぎな森の物語」。何しろ頂いたのが30年近く前なので、折り目がついてますが、ご了承下さい。この公演は観てないけれど、モモ母が高校の時に初めて亮一さんの舞台を観たのが、同じ「ふしぎな森の物語」でした。
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by mmcmp | 2015-11-14 23:39 | 田中亮一 | Comments(0)

「驟雨」「留守」「屋上庭園」

f0119179_23103994.jpg学生時代に劇団芸協公演で観た岸田國士の「驟雨」「留守」「屋上庭園」の戯曲を読んでみました。いずれも青空文庫になってましたが、2作はプリントアウトしてカフェにて。色んな意味でとても興味深かった。
岸田國士は日本の現代戯曲の基礎を樹立したと言われる劇作家。野田秀樹や三谷幸喜等も受賞した岸田戯曲賞は、新人劇作家の登竜門と言われています。「驟雨」は新婚旅行から帰った妹が姉夫婦の家を訪れ、あの人とはやっていけない・・と訴える。「留守」は互いの主人が留守の間に女中さんと出入りの八百屋が交わす会話。「屋上庭園」はデパートの屋上で2組の夫婦が偶然再会、その会話から、一方は裕福だけどもう一方は困窮した様子・・・。「さうぢやないけど」「デパアトメントストア」等の表記が時代を感じさせ、10代の頃にはこうした動きの少ない台詞劇よりつかこうへいの刺激的な戯曲や東京ヴォードヴィルショーの勢いのあるステージに惹かれたのも当然かなと思うけど、自分が台詞を言うことを想像して読むと、俄然面白さが増しました。岸田作品は今も演劇人には魅力的な様で、平成になってからも意外と上演されていて、ケラの構成演出で一幕物を集めた「ナイロン100℃」公演なども。動きの少ない上質な台詞劇は、裏を返せば朗読劇やラジオドラマにもなるんですね。実際に芸協も朗読劇という手法でも様々な作品を上演した様です。モモ母が観た芸協公演の演出は雨森雅司さんと青野武さん(いずれも故人)でした。雨森さんはバカボンのパパを、青野さんはヤマトの真田志郎やちびまる子ちゃんのおじいちゃんを、亮一さんは不動明やデスマスクを演じる一方で、こうした戯曲作品を大事にされてたんだなと思うと感慨深いです。著作権の切れた作品をウェブ上にあげる青空文庫はボランティアで運営されてるとか。モモ母も何かやれないか・・と思っていたら、朗読が抜群に上手いアナウンサーSさんが朗読劇や大人の読み聞かせに興味があるとかで話が盛り上がってしまいました。いつか居心地の良いカフェで朗読ライブなんて企画出来ないかな・・なんて☆
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by mmcmp | 2015-07-17 00:32 | カフェ読書 | Comments(0)

人は忘れる・・・

f0119179_0511895.jpgこんな映画の25年ぶり再吹替えとかこんなアニメの43年ぶりパイロットフィルム発掘とか、今年は田中亮一さんの話題が豊富そうなので、新たなカテゴリを作っちゃいました。
ガラクタ整理中、今度は学生時代に観た芝居のチケットがたくさん出て来ました。芸協のものは4枚。神戸で観たものと合わせて最低でも5回は公演を観た様ですが、見事に内容を忘れています。「屋上庭園」や「雨宮ちよの処分」はまだ朧げな記憶はあるものの「こだま」とか「大槻伝蔵」なんてまるで観た記憶がない。チラシが出てきた「女子寮記」も観たかどうかわからないまま。う~んと思ってチラシを眺めていると、問合せ先が亮一さんの自宅になってました。劇団員が直接顧客に案内を送るのは今もよくあることだけど、携帯が普及して個人情報保護が当たり前になった現在とは隔世の感があるなと思ってるうちに、すっごいドキドキしながら亮一さん宅に電話してチケット予約したことを思い出しました。どうでも良いことは忘れても仕方ないけど、当時のモモ母にはものすご~く大事なことだったはずなのに、すっかり忘却の彼方へ。そういえば亮一さんだけでなく、奥様からもお礼状を頂いたことを最近になって思い出しました。私って何したんだろ・・と焦るけどこれまた全く思い出せず。まあ向こうも忘れてるだろうし、若き日の恥ずかしい言動は忘れる方が良いのかも。そんな訳で、大崎善生がよく言う「記憶を沈めた湖の底に沈殿した無数の記憶」を蘇らせたり、新たな亮一さん情報をネットで得たりして、外出を控えていた時期もそれなりに楽しく過ごしました。「聖闘士星矢 黄金魂」も続けて見てるんですが、どこかの書き込みに「デスマスクの声を聞いて不動明を思い出す奴はおっさん、ドラえもんの先生を思い出す奴は若者」というのがあって思わず苦笑。再アニメ化亮一さんを待望する声は結構見かけるのに、今の声優好きには不動明の知名度って低いんですね。ま、今は2015年、それも当然か・・。
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by mmcmp | 2015-07-09 01:54 | 田中亮一 | Comments(0)

「田茂神家の一族」

f0119179_1241917.jpg新宿「紀伊国屋サザンシアター」で29日まで上演されている東京ヴォードヴィルショー第70回公演「田茂神の一族」を観ました。創立40周年記念興行第五弾として三谷幸喜が書き下ろした新作。ちなみに40周年記念興行を2012年からやっていて、実際は劇団創立42年です。三谷といえば場面転換なしで展開されるコメディが特徴で、今回の舞台は村長選挙の合同演説会の会場、観客は演説会の聴衆というシチュエーション。客席通路でまいど豊を見かけたと思ったら、彼も演説会を聴きに来ていた設定の候補者の息子役でした。歌で進行を盛り上げるコロスを登場させ、時計を進行と共に動くなど、仕掛けも面白い。
立候補した候補や演説会の進行役は全員が田茂神姓という親戚同士。これまで6期24年にわたって村長を務めた伊東四朗演じる嘉右衛門は企業と癒着。後継者と思われた長男が急死して、嫁が涙ながらに立候補、次男、三男、嘉右衛門の弟、東京からやってきた遠縁の男も名乗りをあげて、何とも下らないネガティブキャンペーンが展開されます。唯一まともそうなエネルギー政策を主張する角野卓造演じる茂に一本化されると思いきや・・・・。バカバカしい話に仕立てられてるけど、選挙コンサルタントが操っていたり、血縁が左右したり、知名度や何だか良さそうという雰囲気だけで安易に投票するとどうなるか・・という警告が込められていて、今のご時世にピッタリの作品でした。茂が「きちんと理解せずに良いと思ってしまったあなた達は私のことを笑えない」と言うのは「騙されたあなたにも責任がある」と言った小出裕章さんに通じます。この作品は座長B作の故郷、福島で幕を上げたのでした。どうしようもない政治家に村や国を任せているのは、聴衆としてこの芝居に参加した観客というのは喜劇でもあり、悲劇でもある様です。
http://www.vaudeville-show.com/
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by mmcmp | 2015-03-18 12:59 | 観劇・鑑賞 | Comments(0)